春の大掃除 ― 宗教と一年のリズム

ヨーロッパ北部に住む日本人から、日本のはっきりした四季が恋しいという話をよくされます。初めて聞くと、ほとんどのヨーロッパの人にとっては不可解に聞こえるかもしれません。ヨーロッパにも明らかな四季があるというのが、こちらの通念だからです。でも、日本に比べると季節の移り変わりが不安定で予測できないのは確かですし、秋から春にかけてはただひたすら雨降りの寒いグレーな日が続くだけということもあります。

今年は冬が暖かかったおかげで、そのまま突入するかたちで早めに春がやって来ました。私が犬の散歩に行く公園ではスイセンとクロッカスが咲き始めていて、先の週末には街がなんだか賑わって活気づいて見えるという話を夫としたところです。シーズン終わりのセールは今も続いていますが、春物も入荷していて、フレッシュな明るい色がウィンドウを飾っています。明るい日差しに招かれて、私も外へ出て、冬の間に汚れた窓の外側をきれいに掃除しました。夫が進めているキッチンのペンキの塗り替えも、完成間近です。

イギリスではこれを春の大掃除と呼んでいて、日本で年末にやる大掃除に似ています。逆に私たちは、年の暮れに大掃除をすることはあまりありません。その一因は、日が短すぎるからです。12月末ともなると午後4時ぐらいには暗くなってしまい、朝は8時すぎまで日が出ません。それに、昼間でも陰鬱なお天気のせいか、汚れが目に付かないのです。

春はまた、キリスト教の暦で再生と復活の時でもあります。今年は2月10日から3月24日が四旬節で、この間は飲酒や喫煙などの不徳な行動、さらにチョコレートなど好きな食べ物を断つ時とされています。これには、イエス・キリストが荒野で断食した40日間を思い起こすという意義があります。そして、四旬節の準備期間を経て、イエス・キリストの死と復活を祝う復活祭(今年は3月26、27日の週末)へと至ります。これらの日付は年によって変わり、来年の復活祭と四旬節は、今年よりも3週間遅くなります。

イースター=「夜明け」が起源

復活祭は英語ではイースターですが、実はこの言葉にはキリスト教よりも古い起源があり、「夜明け」を意味する古いゲルマン語に由来しています。8世紀の歴史家ベーダによると、ヨーロッパ北部の異教に「エオストレ」という名の夜明けの女神がいました。そのシンボルが野ウサギであったことから、復活祭の飾り付けの多くがウサギをモチーフにしていると考えられています。復活祭のもうひとつのシンボルである卵は、現代では卵形のチョコレートやカラフルに色付けした鶏の卵が使われていますが、これもやはりキリスト教以前の、春分の頃に卵を贈った慣習から来ています。

日本のように4月1日から3月31日を年度とする会計方式は、ヨーロッパでは一般的ではありませんし、学校の新学年は9月か10月に始まります。とはいえ、3月や4月はなおも、会社をリフレッシュして新しくするのに良いシーズンです。2月と3月の大掃除や準備期間を経て、それに続く4月に新たな命を授けられるというリズムは、ヨーロッパの精神性にも深く根を下ろしています。

 

パニラ・ラドリン著       日刊帝国データバンク・ニューズ 2016年3月9日

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「サービス」か「サービシズ」か?

ある日本人の起業家がこんな話をしてくれました。サービス業の会社を設立しようと思うのだが、複数の友人から反対されているというのです。その理由は「日本の客はサービスに金を払わない」からだそうです。この起業家とは日本語で話をしましたが、私は頭の中でこの「サービス」とは「services」だと理解していました。つまり、農業や製造業ではないサービス産業のことを言っているのだと思ったのです。

この会話がその後も気になり続けました。私も「services」を売っている一人です。私が提供しているのは日系企業向けのコンサルティングやトレーニングですが、時折その対価を払いたがらない日本人がいることには気付いていました。とはいえ過去12年にわたって私の会社が利益を上げてこられたのは、日系企業側の現場担当者がたいていはヨーロッパ出身者で、彼らはコンサルティングやトレーニングに対価を払うことにはるかに慣れているからでしょう。

ここに言葉の違いがあるのも事実です。英語の「service」は、冠詞の「a」を付けないか、あるいは「the」を付けて使われます。「pay for service」や「how was the service」という具合です。これはカスタマーサービスの意味であって、ここに混乱が生じていると思うのです。私が話した起業家の友達は、日本の顧客はカスタマーサービスに追加で料金を払う気がないということを言っていたのかもしれません。日本では優れたカスタマーサービスは自動的に付いてくるものであって、購入したものの代金に含まれていると思われています。

ある概念が別の言語にどのように翻訳されるかは、時として、その概念がその文化においてどのように受け止められているかを知る手がかりとなります。特に日本語では、カタカナでのみ存在する言葉は、その概念が日本において本当には存在していないことを意味するのかもしれません。言うまでもなく、日本語の「サービス」は英語の「service」とは異なり、「無料」という付加的な意味を含んでいます。

サービスの値段をどのように設定するかは、製品の値段よりも複雑です。そのサービスを実現するのにかかった時間と専門性が絡み合います。最近、ある見込み顧客から、私の会社のトレーニングは別の会社よりも50%割高だと言われました(この別の会社の本業は語学学校です)。私は、同様の状況にある他社に対しても同じ値段を提示しており、弊社の専門性の対価としては妥当な価格だと説明しました。その語学学校に専門ノウハウがないことも承知の上でした。最終的にこの会社は、弊社のサービスを選んでくれました。

ヨーロッパの顧客は、自社の問題を解決してくれるサービスに対してお金を払う用意があります。ですから、サービスの質がどれだけ高いか、どれだけ専門性があるか、どれだけ時間がかかるかを説明するだけでは、十分ではありません。ヨーロッパのB2Bサービスの営業担当者が皆、最初に顧客と信頼関係を築いて顧客の抱えている問題を話してもらおうとするのはそのためです。「サービス」よりも「ソリューション」という言葉が好まれるのもそのためです。この言葉は、問題を解決してくれる製品とサービスの統合物を購入していることを示唆するからです。

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技術とサービス

イギリス赴任は2度目という2人の日本人駐在員に、10年ほど前の前回の駐在時と比べてイギリスのどこが変わったと思うかを尋ねてみました。すると驚いたことに、2人とも、カスタマーサービスが良くなったと言ったのです。

これを聞いて、私は最初、レストランのウェイターや小売店の店員として働く東欧からの移民が格段に増えたせいかなと感じました。東欧出身の人々は、かつてイギリスで普通と考えられていたレベルをはるかに上回る情熱と能率で、こうした仕事をこなしているからです。

でも、よく話してみて、自分の最近の体験もあらためて考えてみた結果、駐在員の言っているサービスの改善は、サービス業に就く人の文化的なマインドセットというよりは、むしろ技術によるところが大きいことに気付きました「家で修理が必要になって人を手配すると、そのとおりにやって来る」と、駐在員の一人は言いました。実際、かつてはこういう確かさはありませんでした。修理人を待って一日仕事を休む羽目になり、遅れの理由を説明する電話ひとつないことも当たり前でした。

私も最近、洗濯機を買った際に、オンラインで注文して配達の日にちと時間枠を選ぼうとしたところ、夜9時まで配達の時間枠が設けられているのに驚かされました。注文後は店からメールとテキストメッセージ(SMS)のリマインダが何度も届き、時間を変更するオプションも提供してきました。配達当日にテキストメッセージが何度か配信され、1時間以内の正確さで到着時刻を予告してくるのもごく普通です。配達の人が何らかのGPS機器を持っていて、効率の良いルートを計画し、途中経過をアップデートしているのです。オフィスのスタッフも、彼らの現在地を把握して、サポートを提供することができます。

また、これは先週のことでしたが、アマゾンで注文した商品が届いていないことに気付いて「call me」というボタンをクリックしてみたところ、1秒以内に私の携帯が鳴り、(インドのコールセンターからと思われる担当者が)あらためて翌日発送で商品を手配してくれました。

この種のサービスは他の国でも提供されていることと思いますが、様々な調査によると、イギリス人は世界で最もオンラインショッピングを愛用している国民のようです。マッキンゼーの調べでは、インターネット普及率はヨーロッパより米国のほうが高いにもかかわらず、ヨーロッパの人のほうがアメリカ人よりデジタルの購入チャネルやバンキング・サービスを好む確率がはるかに高いことが分かりました。

イギリス経済に占めるサービス業の構成比は今や80%ですから、イギリスがサービス提供のあり方を改善したとしても驚きではないのかもしれません。日本企業にとっては、EU離脱があるとはいえ、イギリスのサービス業界の企業はなおも魅力的な投資機会です。技術を手に入れ、かつ世界の他の国のバーチャル市場を開拓するチャンスをつかめるからです。日本からイギリスへの最近の投資案件が、ソフトバンクのARM買収、あいおいニッセイ同和損保のInsure The Box買収など、技術主体のサービス業に集中していることは、注目に値します。

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ポーランドと東欧にとってのEUの魅力

イギリス在住の最大の外国人グループがポーランドからの移民になったと、先日ニュースで報じられました。ポーランド生まれのイギリス在住者は、2015年時点で約83万1,000人で、インド出身者を上回りました。ポーランドがEUに加盟した2004年から75万人の増加を意味し、東欧からの移民がいかに急速かつ大幅に拡大しているかを示しています。これは、イギリス国民がEU離脱に票を投じた根本原因のひとつでした。

とはいえ、ポーランドとイギリスのつながりには長い歴史があります。第二次大戦後に大量の移民がポーランドからイギリスに流入して定住しました。バトル・オブ・ブリテンで活躍したポーランド人パイロットの功績ゆえに、ポーランドからの移民は温かく歓迎されました。

ポーランドとイギリスの貿易の歴史はさらに古く、中世のハンザ同盟にまでさかのぼります。ロシアからバルト海地域を通ってドイツへ、さらにオランダやベルギーなどの低地地方、そしてイギリスへと至る交易が栄えました。

しかし、これをEUのような国家同盟と考えるのは間違いです。ハンザ同盟は都市同盟でした。私たちが今日知っているヨーロッパ諸国の多くは、当時は存在しませんでした。加盟していた都市は、グダニスクやハンザ同盟の盟主リューベックなど、準自治都市であるか、または神聖ローマ帝国かロシアかデンマークに統治されていました。もちろん、より最近では、東欧は共産主義国ソビエト連邦の影響下にありました。

今グダニスクを訪れると、戦後復元された旧市街は、プロイセンによるドイツ同化政策が取られる前の様子を映し出した、ある意味で想像の産物とも言える美しさがあります。本当の旧市街は第二次大戦で廃墟となったためです。連帯博物館も、やはり訪れる価値があります。グダニスクの造船所で労働組合「連帯」が起こした1980~1981年のストライキが、民主化のプロセスとなって世界を動かし、1989年にベルリンの壁を崩壊させたことを思い起こさせてくれます。

各国におけるEUの存在意義

EUに懐疑的なイギリス人は、EUが貿易のみに特化した同盟になるべきであって、イギリスの国境と財務と法律をめぐる統治権はイギリスが取り戻すべきだと訴えています。他のEU加盟国にとってEUとは、平和と民主主義を支えることで人々の暮らしを再び保障できるようになるための手段でした。しかし、この狙いはイギリスにとってあまり魅力的には感じられませんでした。最近の歴史において国内で地上戦が戦われたり、独裁者に支配されたり、はたまた他国に制圧されたりした経験がなかったからです。

他のEU諸国でも、EUは国の統治権にとって脅威をもたらすようになっていると、多くの市民や政治家が言い始めていて、これにはポーランドも含まれます。国境警備があらためて導入されつつあり、EU自体が最終的には崩壊する可能性も多々あります。

イギリスに住むポーランド人は、イギリスがEUから離脱した後の身分を案じています。EU域内に住む数百万人というイギリス人も、やはり不安を抱えています。

EUの日系企業で働いている社員の多くは移民であるため、日系企業に今できる最善のことは、確実に面倒を見ると約束し、必要とあらば日本や他国の子会社への転籍も可能にすると説明することでしょう。

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ヨーロッパの反米感情

私と同世代の人であれば、トランプ氏の選挙勝利のニュースを、レーガン大統領が選出された35年前と重ね合わせて聞いたことでしょう。私はティーンエイジャーでしたが、レーガンを選んだアメリカ人を揶揄する音楽や番組がイギリスで人気を博したのを覚えています。あまり頭が良くなく、戦争好きなB級映画俳優と思われていたためです。

私はこの選挙の直前に、半年だけペンシルベニア州に住み、アメリカのハイスクールに通いました。私の世界観に多大な影響を及ぼした経験でした。自分の目で見た「チャンスの国」は、何もかもが新しく、エネルギーに溢れ、豊かに見えたものです。当時イギリスは、失業率が高く、暴動が多発していました。

イギリス人のみならず、ほとんどのヨーロッパの国民は、アメリカとアメリカ人に対して、憧れと憤りと恐れの入り混じった複雑な感情を抱いています。私の両親と祖父母は、第二次大戦後に駐留したアメリカの軍人のことを覚えています。ヨーロッパの解放を助けてくれたことに感謝しつつも、自分たちよりはるかに豊かそうで体格も良い軍人たちを妬ましく思ったのでした。

日本人のなかにも似たような感情と記憶を共有する人は多いことでしょう。とはいえ、アメリカは、もっと大きな影響を日本に及ぼしてきました。戦後の占領の後もアメリカ文化が影響し続け、日本の学校で指導される英語はアメリカ英語です。

このため、他の西洋文化を知らない日本人は、アメリカ流のコミュニケーションが国際的に通用すると考えがちです。しかし、ヨーロッパの人は、日本企業が明らかにアメリカ流のやり方をしていると感じると、非常に敏感に反応します。日本企業が米国法人を通じて海外事業を管理しようものなら、即座に反感が広まります。トップダウン方式でコントロールしてくるマネジメント・スタイルは受け入れられないのです。

米国駐在を経てヨーロッパに赴任する日本人駐在員は、「とにかくやれ」風の命令方法が通用しないことに苛立ちを覚えます。ヨーロッパでは、無能な社員や命令に従わない社員を解雇するのは、アメリカほど簡単ではありません。ヨーロッパの社員は、業務について意見を求められることを期待していて、正当な懸念があれば上司に異議を唱えたり問題点を指摘したりするのが重要だと考えています。

文書や資料ですら、明らかにアメリカ風であれば抵抗を招きます。私自身、顧客企業から学習教材やマニュアルを導入したくないと言われたことが2度ありました。日本で作成されたものでしたが、アメリカ英語を使っていて、アメリカ風の語調が見られたためです。

アメリカ企業は、自分たちのやり方が世界的な標準であると日本の顧客を説得するのが得意ですし、実際、それはある程度まで真実です。けれども、ベストのやり方は、アメリカの素材を基本としながら、各国の好みに合わせてカスタマイズできる余地を多分に残しておくことです。ジャパン・インターカルチュラル・コンサルティングのトレーニングもこの方式を取っています。

適度なバランスを見つけるのは容易ではありません。が、その努力をしなければ、ヨーロッパでは執拗に抵抗され拒否される結果になるでしょう。

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イギリスのEU離脱が示唆するヨーロッパの経営管理についての洞察

イギリスのEU離脱交渉がどんな結果になるとしても、日系企業の反応という点においては、これまでの展開からすでに2つの結論を導くことができそうです。ひとつは、ヨーロッパで以前から明確化していた組織構造のトレンドが今後加速すること、もうひとつは、ヨーロッパにおける交渉法の違いがEU単一市場の25年近い歴史をもってしても依然存在することです。

組織構造に関しては、物理的な統合が分解する一方でバーチャルの統合が進んでいます。現時点でヨーロッパの最大手日系企業の半分以上が、地域本社をイギリスに置いています。その理由は、第一に金融をはじめ層の厚いサポートサービスがイギリスに存在すること、第二に人の移動の自由のおかげで様々な国籍者をイギリス国内で雇うことができ、また英語でビジネスができる便利さがあることです。後者の利点はEU離脱で消えるわけではありませんが、イギリスがEUの財務上の“パスポート”を返上するのであれば、金融セクターや他のサービスセクターの多くがアムステルダムやフランクフルトに移動するかもしれません。また、イギリスのEU離脱は、EUとイギリスの間の人の移動の自由に終焉をもたらす可能性もあります。

どちらにしても、バックオフィスや業務機能、コーディネーションといった仕事の多くは、すでにイギリスから流出しつつあります。英語を話し、教育水準も高く、それでいて安価な人材が、EU域内の他の場所で見つかるからです。大手の日系企業は、すでにヨーロッパ全域にわたる管理構造を構築していて、様々なチームが数か国に点在しています。これは、チーム全員が物理的に机を並べて一緒に働く状況に慣れている日本人社員にとっては非常に困難です。日系企業は、コミュニケーション手段を使ってディスカッションを行い意思決定を下すためのプロセスを確立し、なおも出張予算を多めに確保する必要があるでしょう。

2つ目の結論は、ヨーロッパが今も現実主義者と原理原則主義者の2グループに分かれているということです。現実主義者は、昔からの貿易国、例えばイギリス、オランダ、デンマークなどに多く、ステップ・バイ・ステップで交渉し、ひとつずつ妥協点を確立していく傾向にあります。日系企業であれば、情報をすべて入手して、決定を下す前にリスクをすべて知っておきたいと考えるところでしょう。原理原則を重んじる国は、フランスやドイツなどで、現実主義者と衝突します。重要な原則と考える点(人の移動の自由がこれに該当します)について妥協することや、いったん決めたルールから逸脱することを拒否するからです。

ゆえにEUは、あまりにもしばしばプロセスやディスカッションの途中でつかえてしまい、現実離れした官僚的な組織、一般市民にとっては腐敗しているとすら見られる組織になりました。企業にとっては、ここから学ぶべき教訓がさらに2つあります。ひとつは、ヨーロッパに今後何が起こるとしても、イギリス人は経営陣のなかでフランス人やドイツ人とのバランスを取る作用をもたらすことです。現実的な問題解決を望むのであれば、これは重要かもしれません。そしてもうひとつは、経営陣があまりにも内向きになってはならないということです。内向きすぎる経営陣は、ビジョンを全社員に伝えられなくなるでしょう。

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ヨーロッパ人は議論好き

自分が11歳で日本に住んでいた頃の日記をふと読み直したところ、大人になったら政治家になりたいと書いてあり、我ながら興味をそそられました。大学時代の友人には政治家になった人も少なくありません。ということは、私にも決して不可能な夢ではなかったと言えるのでしょう。

どうしてこの野心を追求しようとしなかったのかを考えてみましたが、対立するのがあまり好きでなく、個人的に受け止めすぎる点にあったように思います。私のこの性質は、子供時代を日本で過ごしたことに起因しているのかもしれません。日本の学校は、イギリスやヨーロッパの多くの学校のように討論の機会をあまり作らないからです。でも、ティーンエイジャーの頃にはイギリスの学校にも通ったので、学校の討論会や弁論大会などを通じて議論のスキルを磨くチャンスも十分にありました。

大学に進学する頃までには、討論に参加するよりも討論を見るほうが好きになっていました。ヨーロッパのリベラルアーツ教育の主眼になっている論理立てて物事を説明する論文を書くのは好きでしたが、それでもジャーナリストになろうとは思いませんでした。

イギリスでは、ジャーナリズムと政治はどちらも「敵対的」な職業です。どんなことにも対立する2つの言い分があると主張して、その対立を故意に明るみに出すか、どちらが悪いかを示そうとするからです。ジャーナリストは、これが真実に迫るうえで必要なのだと論じています。

でも、政治家やジャーナリストが相手を負かそうとする時によく使う方法は、「アドホミネム」、すなわち「人身攻撃」的なやり方です。アドホミネムは、「人に対する」という意味のラテン語から来ていますが、つまりは相手の性格や人格を攻撃することで、その議論の有効性を否定しようとすることを意味します。

これは、優れた討論の手法とは見なされていません。相手の見解に含まれる事実や論理の欠点を突いているわけではないからです。職場では、この種の攻撃をすれば差別的と見なされるため、多くの人が回避しようとします。その代わり、ビジネス上の意思決定を下すに当たっては、定義、論理、理論、収益性、正当性などをめぐる議論が様々に行われます。

しかし、こうした議論は、伝統的な日本のアプローチとは相容れないようです。儒教的かつ帰属的な文化では、位が高いからという理由でその人の論が正当であろうと見なすことが決して不公平には当たらないからです。その結果、ヨーロッパの人が単に「なぜ」と尋ねただけで、日本の人は自分の権威を疑っている、個人的に攻撃されたと感じ取ります。

驚いたことに、哲学の伝統で最も知られる国、フランスには日本のような教育システムがあり、先生に質問することを奨励せず、この結果、職場で目上の人に質問することもあまり良しとされない傾向があります。ただし、フランスには、ストライキや血なまぐさい革命の伝統もあります。ヨーロッパ北部の職場で討論が「健康」な行為だと見なされるのは、そのためかもしれません。ヨーロッパで働く日本人のマネージャーは、自分の立場を論理的に説明することで、部下と良い関係を構築できる必要があるでしょう。

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カレンダー

様々なカレンダーが店頭に並び、販促用のカレンダーも送られてきましたが、今年も去年と同じものを選びました。壁掛けのカレンダーには、移ろう季節を感じさせてくれる俳句と浮世絵をテーマにしたカレンダー、卓上カレンダーには、実用的な理由から日本とヨーロッパの休日が書かれたカレンダーです。

カレンダー選びは私の年中行事になっていますが、毎年これをやると、ロンドンの三菱商事で働いていた頃のことを思い出します。私たち現地採用の社員は、日本から送られてくるお客様送付用の卓上カレンダーが残ると、それを奪い合ったものです。静嘉堂文庫に所蔵された美しい美術品の写真が印刷されていて、しかも月の表示をアレンジして3か月を一目で見られるようになっていました。日本とヨーロッパの海運スケジュールを計算するには、これが重要な機能だったのです。

私が選んだ卓上カレンダーも1ページに3か月分が印刷されていますが、在ヨーロッパ日系企業の社員にとって使い勝手をもっと良くするには、日本の会計年度の期末など重要な日付をあらかじめ入れておくとよいかもしれません。

在ヨーロッパ日系企業の4分の3以上は、親会社に合わせて4月1日から3月31日までの年度で経営されています。ご存じのとおり、業績発表や株主総会の日付は日本ではほぼ固定的で、同業企業が軒並み集中する傾向にあります。ただし、これに基づいて決まってくる提案企画とその意思決定の年間サイクルや、多くの日本企業が導入している3か年中期計画のサイクルは、ヨーロッパではあまりよく理解されていません。

ヨーロッパ企業のほとんどは、1月から12月の暦年で年度を締めています。しかし、同じ年度サイクルを使用していても、業績発表や株主総会の日は会社ごとに異なり、数週間、場合によっては数か月という開きがあります。

このためヨーロッパの社員に対しては、日本の本社で開かれる重要な会議や意思決定の期日を常に通達する必要があります。4月から3月の年度のリズムを直感的に知っているわけではなく、イギリスの実業界のリズムともたいていは異なるためです。実際、日本企業に数年前に買収されたあるイギリスの小売会社は、すべての記録を12月31日までに提出せよという日本の本社からの要請に応えるのが非常に難しいと感じました。12月31日というのは、3月31日を年度末として日本の本社が連結決算を出せるよう設定された期日でしたが、イギリスの小売店が最も多忙を極めるクリスマスショッピングの時期と重なっていたためです。

この日本の会社は、数年前に会計年度を1月から12月に変更し、その理由としてグローバル化する必要があると説明しました。ただし、先週イギリスの子会社を訪ねる機会があったので年度の変更でプレッシャーが和らいだかどうかを聞いてみたところ、あまり違いが感じられないとのことでした。事業がますますグローバル化しているため、結局は年中忙しいのだそうです!

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インクルーシブな言葉

イギリスのビジネスで許容される用語がいかに変わり続けているかについて、最近クライアントと話す機会がありました。明らかに、「flexible working」は最近では「agile working」に改称されました。「agile」のほうが「flexible」よりも意味が広いためです。「agile」な働き方とは、パフォーマンスや成果にむしろ重点を置いていて、その業務遂行に当たってのwho、what、when、whereに柔軟性があることを意味します。一方、「flexible」な働き方とは通常、(日本語でもそうであるように)勤務時間に柔軟性があることを意味し、子供のいる女性にとって働きやすい職場を作ろうとする際によく使われます。「agile」な働き方は、すべての社員を対象としたものであることを示唆しています。

この話をしたクライアントの役職名も、この種の変化を象徴していました。「ダイバーシティ&インクルージョン責任者」というのです。ダイバーシティは今や日本でもよく使われるようになっていて、主に性別の多様性を意味していますが、最近では多くの企業が国籍や性的指向など他の面の多様性を考慮するようになっています。イギリスで「ダイバーシティ」に加えて「インクルージョン」が使われるようになっている理由は、企業が単に多様な人材を雇用することだけに集中するのではなく、それらの多様なバックグラウンドを持った社員が意思決定や昇進、さらには自分の周りで起こっている会話や会議から疎外されていると感じることのない企業文化を作っていくよう促すためです。

私自身は、用語の正しさばかりを気にするこの種のアプローチに時として苛立ちを覚えます。「言葉狩り」のように思えるからです。でも、そう思うたびに、日本企業の本社で外国人社員として働いていた時のことも思い出します。個人としてどう処遇されたかに関しては、まったく不満はありませんでした。が、年次報告書のような英語の資料について意見を求められるたびに、社員を男性・女性、日本採用・外国採用に分けるのは海外の読者にとって違和感があると幾度となく指摘したものです。これらの区分がなぜ存在するかは知っていました。当時、女性社員の99.9%は一般職で、男性社員は100%総合職だったためです。このため、事務系と管理系または営業系の社員割合を示すには、これが手っ取り早い方法だったのです。日本採用と外国採用の区分は、単体か連結かという会計方式に関係していました。

とはいえ私には、「女性」や「外国」というのが格下であるように感じられたのです。もちろん、これらの区分は後に変更されました。多くの企業で正社員を事務系と管理系に分ける慣習がなくなったためです。最近では持株会社という形態が登場したため、会計基準も変わり、社員について単体と連結を区別するのは以前ほど意味を持たなくなりました。

しかし今でも、日本のクライアントから、社員の区分をどう呼ぶべきかについて相談されることがあります。日本からの駐在員を「rotating staff」と呼んでいる企業もありますが、これもまた、日本以外で採用された社員は他国に赴任する可能性がないことをほのめかす言い方です。あるイギリス人の社員は、日本の本社が送信してきたメールに部下という意味で「subordinate」が使われていることに不満を感じ、それを私に伝えてきました。階級意識の強いイギリス社会ですら、一般社員に対しては「colleagues」や「team members」の呼称が好まれています。

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真のグローバル化を目指す日本企業にはフレキシブルな勤務形態が必要

2011年の東日本大震災の後、節電方法としてクリエイティブな提案が多数出されました。金曜日を休みにして土曜日に働くといったアイデアもありました。こうしたアイデアについての記事を読むにつけ、私は、フレキシブルな勤務形態がようやく日本でも普及するのではないかと希望を高めました。フレキシブルな勤務形態は、女性の再雇用を促す方策として長らく議論されてきましたが、必ずしも普及したとは言えません。職場のダイバーシティを高めるための儀礼的な取り組みとして女性だけを対象に導入するのではなく、重要な社会のニーズを感じてこの種の制度を実践的に運用する日本企業がクリティカルマスに達しないかぎり、社会に広く浸透した働き方になることは決してないと、私は常日頃思ってきました。

自宅勤務ができれば、電力不足の状況にとって明らかにプラスの効果をもたらします。エネルギーを大量に消費する交通機関への負担が減るためです。また、災害に強い社会を作ることにもつながります。仮に日本がまたも大きな震災に見舞われたならば、社員が各所に分散していることで、1カ所のオフィスビルに全員が集まっているという弱さを緩和できます。

長期的に社会にもたらされる恩恵は、女性の職場復帰を促すという明らかなメリット以外にもあります。同僚や会社に気を遣って長時間オフィスに居残ることを良しとする「プレゼンティーイズム」を規範とする状況が、ついに解消されるかもしれません。日本企業にとって、プレゼンティーイズムの自然消滅を受け入れるのは困難です。残業の背後にある基本的な姿勢として、集団志向があるためです。その結果、自分のその日の仕事をすべて終えるということが、決してできません。チームの誰かを手伝うことは常にできるからです。

過去10年ほどの間にイギリスの職場で起こった大きな変化のひとつは、私が「グレーゾーン」と呼んでいる働き方です。スマートフォンのおかげで、朝晩の通勤途中に仕事のメールをチェックできるようになりました。また、小型軽量のノートパソコンや会社のサーバーにリモートからログインできる機能によって、仕事を家に持ち帰るのも簡単になりました。日本企業は、こうした働き方がもたらすセキュリティのリスクを案じています。とはいえ、データを1カ所のハードウェアにまとめておくことにもセキュリティのリスクがあることは認識されるようになっています。

イギリスでフレキシブルな勤務形態が重用されるようになった背景には、タイムゾーンという点で理想的なロケーションにあることが影響しています。朝のうちにアジアから業務を引き継ぎ、午後には北米の同僚にバトンタッチすることができます。朝早くや夜遅くの電話も、自宅からかけられるのであれば、それほど耐え難いものではなくなります。とはいえ、同僚との交流や情報共有という点でバランスを取らなければならないことも認識されています。月曜から金曜までずっと自宅勤務をすれば、業務の効果的な遂行には役立ちません。日本には、北米からアジア経由でヨーロッパへと業務をつなぐ際の溝を埋める橋渡し役になってほしいと思います。ただし、それにはフレキシブルな勤務時間を認める必要があるでしょう。

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