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イギリス政府が提案する「ソフト」なEU離脱、すなわちイギリス・EU間の物の移動の自由を認めるという案は、EUに却下されるばかりか、イギリス経済にとって実際的な解決策にならない可能性が高いでしょう。日系企業も多数関係している製造業のサプライチェーンにおけるジャスト・イン・タイム納品をなぜイギリス政府が保護しようとするかは、政治的には理解できます。製造業の盛んな地方が主にEU離脱を支持したからです。「ハード」なEU離脱が自分の仕事を脅かすと気付けば、EU離脱に票を投じた人たちにソフトなアプローチを受け入れるよう説得できるかもしれないのです。しかし、イギリス経済の80%はサービス産業で成り立っています。サービス産業は主に都市圏と東南部に集中していて、これらの場所ではEU離脱の反対票が大勢を占めました。
しかし、最近ではサービス業と製造業を税関検査や規制上の目的で区別するのは難しくなっていて、これは自動車産業にすら当てはまります。日産自動車のイギリスの社員の10%は、東北部の工場ではなく、東南部の技術デザインセンターに勤めていて、自動車部品のほかソフトウェアやサービスも開発しています。
日系企業としてイギリス最大の雇用主になっている富士通は、日本ではメーカーかもしれませんが、イギリスではITサービスのみを提供しています。同社のイギリスの社員数は過去数年にわたって減少している一方、ポルトガルやポーランドのグローバル提供センターが人員を増やしてきました。富士通は、今やポルトガルでも最大の日系の雇用主で、約1,000人の社員が電話やインターネットで世界中の顧客に技術サポートを提供しています。
ポーランドとポルトガルには、複数の言語を話し、教育水準が高く、かつ低コストな労働力があります。サービス産業が求めるタイプの労働力です。ポルトガル経済は決して大きくはありませんが、ユーロ圏の危機から回復して、財政赤字は過去40年で最低水準です。失業率も改善し、政情も安定しています。
私自身は、ハードなEU離脱から事業を保護する保険として、エストニアの「電子居住権」に登録するかもしれません。これがあればエストニアで会社を設立して当地でユーロ建ての銀行口座を開設できるため、ユーロ圏内で簡単にユーロを送金・受領することができます。それに、EUの一般データ保護規則と日本・EU間のデータ保護に関する新しい合意があるため、EUおよび日本の同僚との間で顧客データを共有できるようになります。
同様に、金融や法務など厳重な規制下にあるサービス業界のイギリス企業は、EU域内に確固たる拠点を持つことで、EU域内での事業を継続しようとしています。
イギリスのEU離脱がハードなものになるとしても、サービス輸出業の企業がイギリスから完全に撤退することはないと、誰もが考えています。イギリス以外の国にもそれぞれのデメリットがあるからです。東欧は政情不安、西欧はコスト高に加えて、好ましいオフィスの場所と人材が不足しています。とはいえ、ヨーロッパ全域の様々な場所に事業拠点を置くという昨今のトレンドは、今後も加速するでしょう。
この記事は2018年8月8日の帝国データバンクニュースに日本語で最初に掲載されました
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