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イギリスの「ミツビシ・コーポレーション」で求人があるという話を聞いた時、私は最初、自動車メーカーだと勘違いしました。日本で育って日本の大学に1年通ったのですから、ミツビシ・コーポレーションは三菱商事であって、ミツビシ・モーターズが三菱自動車であることぐらい、知っているべきだったにもかかわらずです。
ロンドンの三菱商事に就職して2年ほど、イギリス製の陶器や靴の日本への輸出に携わった後、私は東京の建材営業チームに転勤になりました。日本で会社が用意してくれたアパートは、家具がいっさい付いていませんでした。日本ではごく当たり前のことです。そこで私は、デパートのマルイで必要なものを買うことにしました。マルイならクレジットカードを作れると聞いたためです。必要なベッドやソファ、冷蔵庫を買い揃えるほどの貯金は私にはありませんでした。
クレジットカードの申し込みカウンターに近付いていくと、店員さんの顔にパニックの表情が走りました。若い外国人の女性は、良い信用リスクとは思われていないためです。私は日本語が話せるから大丈夫だと説明しましたが、なおも彼は、申込書を記入するのに十分な読み書きができるかどうかを心配している様子でした。
ところが、会社の住所を見ようとして私が名刺を取り出すと、そこに印刷されていた3つの菱形のロゴを見るなり、店員さんの表情がパッと明るくなりました。「三菱商事にお勤めなんですね! 上司の方にお電話して、お勤めの状況を確認させていただいてもよろしいでしょうか」。その電話から戻ってきた店員さんは、満面の笑みを浮かべて、テレビ2台と高級な冷蔵庫を売り込もうとしました。
三菱に勤めている間に、もう一度、三菱の名前が魔法を働いたことがありました。ある時、私は、うかつにもパスポートを持たずにロンドンからフランクフルトへ行ってしまったのです。ドイツの国境警察は、決して温かくは迎えてくれませんでした。免許証やクレジットカードなど、身分証明書になりそうな物をいっさい持っていなかったのですから、当然と言えば当然です。でも私は、会社のセキュリティパスを持っていることを思い出しました。
またしても、その場のムードはガラリと変わりました。警察官の一人が冗談すら言うほどでした。「ショウグンをくれたら、通してあげますよ」。当時、三菱のSUV「パジェロ」はヨーロッパで「ショウグン」と呼ばれていました。
三菱自動車と三菱商事は別の会社だなどと説明している場合でないことは明らかでした。わずか数年前に私自身が勘違いして面接に行ってしまったほどなのですから、無理もありません。今考えてみると、三菱のブランドが何を意味するかをよく知らないドイツの警察官にすら、たちまち信頼感を呼び起こしたこの一件は、きわめて興味深い経験でした。
これは20年前の出来事ですが、今でも日本企業がヨーロッパで人材採用する際に、この矛盾が存在していることは否定できないのではないでしょうか。日本企業は一般に好意的に受け止められていますが、何をしている会社かはよく知られておらず、それゆえに、日本企業の社員になることがキャリアの選択として良いことかどうかについて、疑念を抱く人がたくさんいます。
最近になって、ヨーロッパで事業展開している大手日本企業が単に製品の広告ではなく全般的なコーポレート・コミュニケーションに力を入れるようになっているのは、決して驚きではありません。優秀な人材を引き付けるための努力と考えることができます。
パニラ・ラドリン著 The Nikkei Weekly 2013年6月10日号より
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